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 福岡・山口(北九州と山口ツーリング) (2016/04/28〜05/01)

第1日(4/28)  第2日(4/29)  第3日(4/30)  第4日(5/1)

昨夜は、船内放送を見て早々に眠りました。
熊本行きを断念し、急な予定変更になった2日目。
さて、今日はどんな一日になりますかねー。

4月29日(第2日)

-05:10-
目覚めます。
起きれないかもと半分思いながらアラームセットしましたが、起きれた(笑)
もうすぐ別府湾
朝日を拝めるかなぁ。

左舷甲板に出ます。
トワイライトだね
上空に月が出ていました。
まだ輝いています
船は一晩かけて瀬戸内海を航行してきました。
いいねー
あと5分で日の出ですが、雲が多く、日の出は見えないですかねー。
うーん・・・
船上からパノラマしてみました。
夜明けだ
-05:28-
日の出時間です。
雲がー 赤くなっているから出たのでしょう
甲板は結構寒かったです。
船室に引き上げよう。

6時20分に接岸予定なので、下船準備しておきますか。

-06:00-
後部展望デッキに出てみます。
煙突 朝日をバックに
別府の街が見えますねー。
別府のほう 拡大
-06:15-
大分西港に入港します。
港です 港内に入る
きたよー 牽引トラック待機中
接岸するまで車両甲板に降りれないだろうから、部屋に戻って待ちます。
遠路はるばる来たなぁ 入港してます
-06:30-
徒歩にて下船の人は、係員さんが呼んで回っているようなので、そろそろ下船口に行きますかね。
みんな移動しだしていた
3階に降り、トラックとトラックの間をすり抜けて行き、ようやく二輪置場にたどりつきました。

ちょうど、下船口が開くところでしたよ。
ここが開く 《クリックで動画再生》
サンダーバードのテーマが合うなぁ
そしてトラックが下船します。
安全運転でいってらっしゃーい
準備して、ボーっと待っていたら、バイクも出ていいんだって。

-06:45-
ということで、下船します。
《クリックで動画再生》
"Brown Suger"by The Rolling Stones
来たよ九州
ありがとう さんふらわぁ
動画では、ミラーにつけてた荷札を取ってます(笑)
忘れて走り続けなくてよかった。
ちなみに、"Brown Suger"って曲ですが、キャッチーな曲調に比べ、歌詞はとんでもないです。
が、一番勢いがあった頃のストーンズの曲として、勢いつけて九州に飛び出しましたよ。

市道からR10を走ります。
気持ちいいねー うみたまご
高崎山 お 日豊本線の列車だ
まずは、別府に寄ってみます。
先日の地震で、別府も震度5強となっており、また温泉地でもあるので、好きなお店はどうなっているかなーと。
別府の街へ
R10を走っていて、「二階堂」の看板見えたら、大分来たなーって実感しますね。
きたよー
別府市街を走ります。
竹瓦温泉は普通に営業しているようでした。よかった。
別府タワーだ
川には鯉のぼりが。
泳いでますかー
R500に入ります。
温泉の湯煙り 南国チック 大分道をくぐる
-07:10-
「岡本屋売店」にやってきました。
まだ時間が早すぎて空いていませんが、地震被害で休業とかではないようです。
よかったー
地獄蒸しプリン食べたかったけど、開店まで1時間以上は待ていないので今日は断念。

では門司に向かいましょう。
R500を戻ります。
海を見る
朝日が眩しいー
県道11号に入ります。

大分道は日出JCTから湯布院ICまで通行止めです。
東九州道も、別府ICから速見ICまでが一昨日まで通行止めでした。
通行止め表示出ている
-07:15-
大分道・別府ICから高速です。
大分道の部分通行止めの案内するガードマン 別府ー
本線に上がると自衛隊車両がいっぱい。
熊本への災害出動からの戻りのようですね。
おつかれさまですー 重機だ
途中、自衛隊車両と結構遭遇しましたが、旭川、仙台、丸亀など全国いろいろな駐屯地からでした。

情報版は災害に強風に大変なことに。
確かに風がきつい
-07:20-
日出JCTで東九州道へ。
日出です 大分道にはここから行けません
山間を走っていきます。
山がきれいですね
宇佐IC〜豊前IC間は昨年3月に開通しました。
まだきれい
中津ICでは、中津日田道路ってのが接続していますね。
山切って道通した JCT新しい
-07:45-
福岡県に入ります。

このあたりは田植えもう終わってますね。
日本の風景
豊前IC〜椎田南IC間は、5日前に開通したばかりです。
これにより福岡県内は全線開通です。
できたてー
反対車線で、スピードかな。故障かな。パトカーいました。
スピードだとしたらよっぽど後ろ見ていないんだな
「公共事業とは?」と手書きのでかい看板があります。
公共工事に恨みあるんでしょうか 山切って道を通して行ってます
帰宅後調べると、農家のみかん農園園主が土地売却を拒否していたミカン畑を強制収用する行政代執行に着手したことによる、園主の主張のようでした。

5月1〜2日はG7で北九州市は混雑が予想されるそうです。
その頃は九州にいない
天気もよく、気持ちいいですね。
いやっほう!
そしてまた自衛隊と遭遇。
おつかれさまですー 板妻ってどこ?
板妻は、静岡県の御殿場にある駐屯地なんですね。

-08:20-
北九州JCTで九州道へ。
山口・広島方面へ
板妻の34普通科連隊は大所帯ですねー。
隊列が続く
-08:30-
九州道・門司ICで高速を降ります。
門司ー
県道72号から市道へ。
海だー
-08:35-
部崎にやってきました。
灯台はこの上かぁ
では灯台に行ってみましょう。

階段を上がって行くと、僧清虚火焚場跡というのがあります。
1836年(天保7年)僧清虚は、大分県国見町竹田津港から下関経由で高野山へ修道に向かう途中、この難所に気付き何とか多くの人命を救おうと、下船し火を焚きつづけることを決心しました。
一日一食の生活を続け、1838年(天保9年)から1850年(嘉永3年)の74歳で死去するまでの13年間、僧清虚は火を焚きを続けました。
1843年(天保14年)、小倉藩は焚火灯明法から、かがり火灯明法に切り替えさせました。この頃から下関の廻船問屋らが援助しました。清虚の死後は、村人の利三郎が引き継ぎ、1860年(万延元年)青浜村の四家の輪番制になり、1873年(明治5年)に部埼灯台が点灯するまで灯され続けました。
解説 実際は山の上にあったらしい 一応当時を復元しているらしい
対岸は本州ですね。
ここが難所なんだ
部埼灯台の上部が見えます。
行ってみよう
この灯台は、兵庫開港に伴う外国船の安全航行を確保するため、幕府がイギリスとの間で締結した大坂約定(大坂条約)で設置を約束した五カ所の灯台の一つです。

「灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントンの設計により、1872年(明治5年)に建設されました。
歴史的文化財的価値が高いAランクの保存灯台で日本の灯台50選にも選ばれている。
当初は石油灯だったそうです 周防灘口
パノラマしてみました。
いい景色
もう紫陽花の花が咲いていました。
早いなぁ
太刀浦埠頭が見えますね。
ガンガンコンテナ積んでる
部埼灯台をみていきましょう。
白亜の灯台
ふと見ると、船を眺めてメモをとっているおじいさんが。
船籍番号とかメモっている?
いろんなプレートとかありますね。
潮流信号所も併設 近代化産業遺産です 明治五年壬申正月二十二日は旧暦
潮流信号機 解説
というわけで、下っていきましょう。
てくてく
駐車場に戻ってきました。
おまたせー
しかし、その向こうに見える、聖火ランナーみたいな人が気になりますね。

先ほど火を焚いていた僧清虚の像だそうです。

陸側からはお顔が見えませんねー。
海に降りれるようなので、降りてみよう。
なんとなく見えた
土台後ろ部分になんかプレートありますね。
近づいてみようか。
これは・・・読めない・・・ 潮の香りがいいねー
後ろのプレート読もうと岩をよじのぼった時に、デジカメのディスプレー部分を岩に当ててしまい傷が・・・(泣)

では気をとりなおして、太刀浦埠頭に行ってみましょう。

市道を戻り、県道72号へ。
そして、太刀浦埠頭に入っていきます。
どこを目指しているかと言うと、九州最北端を目指しているのです。
太刀浦埠頭は1979年(昭和54年)に供用開始された、埋立地です。
この中の第一コンテナターミナルが九州最北端となっていますが、一般者は進入できない場所になっています。

-09:05-
とりあえず、一般の人が行けるところまで来ました。
ここまで 注意看板 あの先が最北端なんだよなー
というわけで、気が済んだので、次行きます。

県道72号から市道に入り、海沿いへ。
関門橋が見えてきた。
慰霊碑のところに駐車場があったので、そこに停めさせてもらいます。
関門橋だー
九州側
本州側
下関側から人道トンネルに入ったことはありますが、門司側から入ってみたいと思い寄りました。
どっちから入ってもどうだってことはないんですが(笑)

1958年(昭和33年)に21年の年月をかけて完成した、下関と門司をつなぐ関門トンネル。実は二重構造になっていて、上は車、下は人が通れます。
エレベーターで地下約50mまで降りると約780mの人道トンネルがあり、歩いて約15分で本州と九州を行き来することができます。
歩行者は無料。軽車両・原付は20円となっていますよ。
入口 歴史感じるなぁ 夜間は閉まっているんだ
下に降りてきました。
左手が人道トンネル
では、県境まで歩いていきましょう。
なだらかな下り坂 まっすぐ 原付押している人
結構、ジョギングや散歩している人も多いです。
1往復で約1.5kmですからねー。いい運動になる。

県境にやてきました。
福岡県側から 山口県側から
下関市と北九州市になります 誰もがやっちゃう県境をまたいだところ
下関側口まで行って帰ってもいいですが、時間が惜しいので戻ります。
トンネル構造
換気口から車の走る音が聞こえます。
ここは海底。魚の絵とかも描かれています。
かわいいね
トンネル入口に戻ってきました。
記念スタンプがありましたが、下関側と門司側で半々のスタンプでしたよ。
スタンプ押すところ 押すスタンプ 半分
他にもいろいろあります。
「関門TOPPA!記念」だそうで 非常時電話
エレベーター乗って戻ります。
待ってます
エレベーターは乗り口と降り口が反対です。
ウォークスルーですね。
こっちと こっちに出入口 1フロア分だけど結構長い
ちなみに、清掃しているおばちゃんを発見しましたが、NEXCOの服着ていました。
国道扱いと思ったら、NEXCOの管轄なんですかね。
NEXCOの表示
地上に戻りました。
道の海側になんか案内あるなぁ。
対岸の景色の説明 下関ですね 関門橋補修中
慰霊碑をみていきましょう。
関門道路トンネルの工事で殉職または病没された94名の方々の名前が刻まれています。
この方々の尊い犠牲の上にトンネルが完成したことを忘れてはなりませんね。
慰霊碑 乗り上げて駐車?
でかい貨物船が汽笛を鳴らしながら関門海峡を通過していきます。
大きいなぁ 結構流れ早いですよ
次行きましょう。
海沿いを走り、ひとつ分岐を間違えてしまい、一方通行を進んでいくことに。
ここは和布刈公園の中ですねー。

-09:45-
ずんずん走っていくと、「めかり公園展望台」に。
これは予定していなかったいい景色!
おおーステキー 門司港のほう
パノラマしてみました。
いいねーいいねー
お弁当広げて食べているお姉さま方がいましたよ(笑)

門司に向かいます。
県道261号を走ります。
門司市街に入りました
R3からR198へ。

-09:55-
門司港駅前駐輪場にやってきました。
ここは、自動二輪が停められることを予め調べておいていました。
で、行ってみると、すぐ後ろからも地元な大型スクーターが。
係のおじさん、「2台?」と聞くので、別ですよ。

どうやらスペースがないらしい。
後ろの人は、諦めて別に行ったようですが、ここしか調べていない土地勘のない関西人。
なんとか詰めて、1台停められるスペースを確保しましたー。
やれやれよかったよ
「昼過ぎには帰ってきますよー。」ということでてくてく歩きます。

-10:00-
まずは門司港駅へ。
洗面所? 切符売場 改札内
門司港駅は、開業後100年近くが経過し、2012年(平成24年)9月から本格的な保存修理工事を開始していて、
今は仮駅舎のため、重要文化財の駅舎は見れません。工事完了は2018年(平成30年)3月の予定だそうです。
ここは、近代化産業遺産にも指定されていますよ。
関門連絡船通路跡があります。
連絡通路 当時の風景 解説
関門連絡船は1942年(昭和17年)7月1日の関門鉄道トンネルの開通後も運行を続け、1964年(昭和39年)11月1日に廃止されました。
旧日本軍の命令で設置された渡航者用監視窓の跡も残っています。これは門司港駅が外来航路の寄港地だったため、戦時下の不審者を発見する格好の場所だったとされるためだそうです。
監視窓 これかー
入場券を買って中に入ろうかなと思いましたが、改札外からでも十分見えますね。
横には待合所とか 九州の端のホーム
ホームは結構広いですねー。
いいね 0哩ポスト
ホームもノスタルジックだなぁ。
いい感じだなぁ 端っこ
工事の仮囲いには、色々な昔の写真や資料を見せています。
ほほー
駅舎の工事は見学できるようですね。
おー行ってみよう
ということで、工事現場に来ました。
解説 工事の解説
今はとっぱらって骨組みだけの状態 うーん面影まったくない
すぐそばが海なので、ちょっと行ってみました。
海だー 気持ちいい
門司港レトロのほうに行ってみようかな。
北九州市旧大阪商船ビル 旧門司三井倶楽部 門司港レトロ
お土産みたりとかいろいろ。

お昼は、門司で焼きカレーを食べるつもりです。
お店は色々あるのですが、上戸彩が「日本ルー列島」で世界が滅亡する前に食べたい一品と大絶賛したらしい、「BEAR FRUITS」さんに行くことに。
ここは、行列必至だそうなので、早めに行って並ぶことにしました。

-10:25-
BEAR FRUITS」さんにやってきました。

おや?店前に女性が・・・。もう並んでいるのかなぁ。
「並ばれていますか?」と聞くと、どうも店入り前の店員さんがお昼を食べているところでした(笑)
ということで、一番乗りです。
店員さんが店前にいる 何にするかなー やっぱスーパー焼きカレーかな
と、他のお客さんが集まりだしました。

お店の人が名前書きを無言で出してきました。
「名前書いておいたらいいですか?」と聞くとそのようです。
開店までは並んで、その後満席で書くってパターンありますからね。
お店
後から名前書いてねボード出てきた
時間通りでやるようだ
デジカメのディスプレー側、大きく傷入ったなぁ(泣)
防水なので液晶直に傷とかではない
開店間近になると、人がすごいことになってきました。
右みても 左みてもいっぱい
-11:00-
開店しました。
当然、最初に名前を呼ばれます。
メニュー
ビーフ入りスーパー焼きカレー大盛りSセットでいきましょう。
Sセットには、サラダ、スープ、ラッシーがつきます。
ラッシーはマンゴーラッシーで。
開店と同時に満席
自家製スパイスがありました。
へー CoCo壱番屋のスパイスみたい
まず、サラダとスープが来て、その後ラッシーも来ました。
サラダとスープ マンゴーラッシー
そしてしばらくすると、スーパー焼きカレーが来ました!!
おおー 《クリックで動画再生》
グツグツ感をお楽しみください
めちゃくちゃ熱そうですが、多分、カレーに玉子を落とし、チーズを敷いて短時間オーブンで焼いているみたいなので、玉子まであたたまっていないため、混ぜるとちょうど食べやすい熱さになっています。

個人的には、人生の終わりに食べるのでなくてもいいかなぁ。

ということで、おいしくいただきました。

店の前は人だかりでした。
すごいー
門司港駅のトイレがありますね。
行ってみよう。
青銅製の手水鉢や、当時としては非常に珍しい水洗式トイレ、大理石とタイルばりの洗面所、御影石の男性用小便器などはとても重厚でモダンな作りとなっています。
うわーレトロ 手水鉢 昔の水洗便所
さて、移動しますか。
駐輪場に戻ってきた
旧門司三井倶楽部前には、はいからさんみたいな子がいましたよ。
京都で着物と同じノリかなぁ 旧門司三井倶楽部
R199を端っていきます。
巌流島のあたりかな
R3に入ります。
門司駅
この先で関門鉄道トンネルへと分岐
ずんずん走っていくと、観覧車が見えますねー。
チャチャタウン小倉らしい
次は、「TOTOミュージアム」に行くのですが、ナビ通り走ると、あら?なんか違うほうに・・・。
Uターンしてみたら、目の前にTOTO本社社屋が。
なんだ逆に曲がっちゃったんだ おおー
-12:20-
その横にある、「TOTOミュージアム」にやってきました。
おもしろい形 未来的だなー
TOTOには、そもそも歴史資料館がありましたが、2017年にTOTO創立100周年を迎える記念事業の一環としてこのミュージアムの設立を企画し、昨年8月末にオープンしました。

見学は無料で、1階はショールーム、2階がミュージアムとなっています。

ではミュージアム行きましょう。
エスカレーターで2階へ
このミュージアムには、近代化産業遺産、建築設備技術遺産、機械遺産と歴史的価値が高いものが多くあります。
近代化産業遺産認定 建築設備技術遺産認定 機械遺産認定
遺産群をみていきましょう。
日本初の腰掛式サイホンゼット便器C38 ウォシュレットG 国産初の腰掛式水洗便器C4
復元製作です
TOTOは、創業時の「東洋陶器」=「Toyo Toki」から来ていると言われています。

TOTOは、そもそもは日本の陶磁器産業を代表する企業集団森村グループの一員であり、1876年(明治9年)、森村市左衛門と森村豊兄弟の両氏によって創立された、森村組に端を発します。
森村組の頃は洋食器をつくろうと志しました 東陶機器の工場門標 陶器のいろいろな原料
グループの歩みは、1904年(明治37年)、日本陶器合名会社 (のち日本陶器(株)、現在(株)ノリタケカンパニーリミテド)が森村組の創立者らによって設立され、その後、1917年(大正6年)に、同社の衛生陶器部門を分離して東洋陶器(株)(現在、TOTO(株))が、次いで、1919年(大正8年)に碍子部門を分離して日本碍子(株)(日本ガイシ(株))が設立されました。
同じ年に、大倉陶園(現在、(株)大倉陶園)、1924年(大正13年)には伊奈製陶(株)(現在、(株)INAXを経て(株)LIXIL)が、その後も1936年(昭和11年)日東石膏(株)(1985年(昭和60年)ノリタケカンパニーリミテドに合併)、同年、日本特殊陶業(株)(日本ガイシNGK点火栓部門等より分離独立)、などが設立され、現在の森村グループの基礎が形成されるに至ったということです。
おー日本ガイシ NGKもだ ノリタケもなんだよね
日本陶器の第1号窯の模型がありました。
へー 解説 「匣鉢」通称:さや
耐火性の容器
手がけた食器がたくさんあります。
和洋かかわらず
面白いものがありました。
「トイレバイク ネオ」です(笑)
便器のシート バイオガスで走るトライクなんだ ライト上にもミニ便器
何のために・・・ ガスボンベ2段積み トイレットペーパーも積んでるぞー
製作風景 日本縦断もしたらしい
梱包技術はすごいなぁ。
ここはコスト削減の腕の見せ所だなぁ
外を眺めます。
まるい 屋上庭園
おもしろい空間ですねー。
カーブがついている廊下
次の展示室は、TOTOの志とかです。
TOTO社是
見慣れない工具がいっぱいです。
型製作治具 成形用治具 生素地点検用治具
ミニチュア衛生陶器がいっぱいありました。
ショールームのない時代、お客さんが外観形状を確認するのに使われたらしいとのこと。
すごーい いっぱい
昔の衛生器具がいろいろ。
1888年(明治20年)にイギリスから輸入された共用栓
横の鍵をまわすと口から水出たらしい
元々便器は木製だったが衛生面から陶器に変わりつつあった 1930年代の理想的なトイレ
いわゆる「ぼっとん便所」な和式・非水洗便所から水洗便所へ変移していくさまがよくわかりますねー。
うちも昔はこんなだったなぁ 同潤会アパートは当時時代の最先端 むかーしのアパートだね
そしてトイレも変わっていきます。
高度経済成長時代
水洗和便器
古いトイレはこんな床タイルだったなぁ
腰掛式便器が普及し出す
そしてデザインも多様化
・・・飲み屋のトイレのような(笑)
今ではエコ&ユニバーサルデザイン
面白いなぁ。
しゃがむ&ためる → こしかける&ながす 国会議事堂のトイレの再現 タンクも一体化し見えなくなりました
日本のトイレは1990年(平成2年)ごろまでは、一回あたりの水量は13Lが主流でしたが、今や一回あたりの水量は大の場合6L、小の場合は5L以下となっています。
これは3.8L!! 最近のトイレって多機能ですよね
腰掛式便座は、当初は木製でした。
サクラの木でできてます
小便器もいろいろあるんだねー。
用途にあわせいろいろ 和な便器 そうそう蓋できる便器あったなぁ
そして付加価値がついていきます。
便器ユニット 音姫だー
実際音出せれた
色々なトイレが復元されています。
旧第一生命館のトイレ 迎賓館赤坂離宮のトイレ
水栓もいろいろありますねー。
まわす 下げる 押す
システムキッチンや洗面台もやってますね。
昔のアパートのものからの移り変わり 洗面台もセパレートから一体型へ
なんか、穴の開いた洗面器がありますね。
なんと、たん吐付洗面器だそうです。
戦中くらいまでの商品 2箇所洗面にも
流れ着くとこは同じなんですけどねー。

小便器もいろいろ。
結構種類あるんだ 和風腰掛便器ってあったんだ 女性が立って小便できる「サニスタンド」
先の東京オリンピックでも設置されたが普及はしなかったそうです 今でも筒形は見ることあるなぁ 和風な飲み屋とかで見るぞ
中庭はきれいですねー。
でも外には出れない
TOTOはグローバル企業になっています。
アメリカ向け 中国向け
ヨーロッパ向け スイッチ類がオサレ
屋上庭園いいですねー。
気持ちよさげ
そうだ。実際使えるトイレに行っておこう。
まわりに水のあるマーク 手洗いいいね 独立した小便ブース
フルスペック大便器 展示もトイレにあるぞ
ということで、見学終わりー。
1階はショールームなのでパスです。
広い空間
では先に進みましょう。

R3を走ります。
そうだ。スペースワールドの近く通るなぁ。寄ってみよう。

-13:20-
市道に入り、「スペースワールド」にやってきました。
スペースシャトルだー
この「スペースワールド」には、宇宙博物館があり、本物の月の石があるんですよね。
遊園地で遊ぶとかは別にいいけど、宇宙博物館は機会があれば行きたいなぁ。

R3に戻ろうと走り出すと、大きな高炉跡を発見。
帰宅後調べたら、官営八幡製鉄所の東田第一高炉跡でした。
なんかすごいぞー 1901は東田第一高炉に火が入った年
ここは近代化産業遺産だったんですねー。
寄ればよかった。

再びR3に出て走ります。
井筒屋
北九州で井筒屋といえば、大百貨店ですね。
福岡市に入りました
-14:40-
明日に向けて、給油をしておきましょう。
九州最後の給油
あ、「かねふく」の看板だー。
本社
冷泉公園のほうに向かいます。
以前行った博多焼鳥「家康」
-15:05-
本日のお宿「冷泉閣ホテル川端」にやってきました。
今回もフロント前の屋根下にバイクを置かせてもらえました。
冷泉閣ホテル川端さん ここに停めた
チェックインして、部屋に入ると、ちょうど大分で震度5強の地震があったところでした。
おわー
この地震の影響で、大分道・九重IC〜別府IC間と速見IC〜日出JCTが一時通行止めになっていました。
8時間早かったら、巻き込まれていましたねー。

さて、今日ここに泊まったのは、冷泉公園に来る屋台に行きたかったからです。
チェックインの時にフロントで「今日は屋台来ますかねー」と聞いたら、「個人営業主さんですからわからないですが、ゴールデンウイーク初日なんで、多分来るんじゃないですかね」ってことです。

もし屋台が来ないなら、もつ鍋かな。
それなら「もつ幸」に行きたいなぁ。
「もつ幸」さんは17時開店。そして混みます。お1人様は予約できないし。
これまでの経験では、屋台は17時前には来ていました。
今回は公園が見える側の部屋じゃなかったので、17時前に出て、屋台があれば屋台。なければもつ鍋で行きましょうか。

とりあえず、シャワー浴びて、ログとりしたりします。

-16:45-
さて、では行きますか。
外に出てみると、屋台が来ている感じはありません・・・。
うーんまだなのか 来ないのか
-16:50-
てくてく歩いて、「もつ幸」さんにやってきました。
うわぁ並んでるー
店に向かって右が予約している人の列、左が予約じゃない人の列だそうです。
てことで左に並んで待ちます。
待っている間にも続々人が来ますねー。

-17:00-
開店です。
まずは、もつ鍋、枝豆、焼き餃子、牛びんたをオーダー。
それとビール♪
付き出しはもつ煮でした
もつ鍋がセットされます。
餃子の皮がトッピングされています
牛ビンタ焼ききましたー。
ツラミですね
もつ鍋はお店の人がつくってくれます。
そろそろできたかなー。
おーいいねー
ビールも進んでいます。
焼き餃子もきたよ
ビール3杯ほど呑んで、ハイボールにシフトです。
スッキリ
もつ鍋追加しますか。
もつ、豆腐、水餃子でいきます。
すぐできます
ハイボール2杯ほど呑んで、最後は麦焼酎水割で調整。
「二階堂」です
締めは、ちゃんぽん麺です。
投入 汁気がなくなるまで混ぜて大量のゴマ投入
これがまたうまいんですよねー。
いやぁ。おいしかった。

-17:55-
1時間もかからず終了。
まだ明るい(笑)
コンビニで水分仕入れて戻ります。

冷泉公園まで戻ると、屋台が準備中!!
うおー 行きたい「錦ちゃん」も来てたよ
もうやってたらちょっと寄ろうかと思ったけど、まだかかりそうですね。
酔っているし、断念して宿に戻ります。

-18:10-
ということで帰着。
水分補給
もう一度シャワー浴びて、画像のバックアップとってたりして、早々に寝てしまいましたよ。
今朝早かったしね。

本日の走行距離 245km
通算の走行距離 270km

明日は九州を離れ、山口県を堪能します。
明日も天気だといいなぁ。
4/29走行マップ フェリー後走行マップ

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