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 東京・神奈川(ミラクル エッシャー展とタワー巡り) (2018/07/15〜17)

第1日(7/15)  第2日(7/16)  第3日(7/17)

最終日は、みなとみらいのあたりを散策してから横浜家系ラーメン食べて帰ります。

7月17日(第3日)

-07:00-
目覚めます。
今日も暑そう。

-07:35-
無料朝食行きますか。
1階のエントランスへ。
いただきます
ビジネスな感じの人が多いなぁ。
あ、今日は平日だね。

-08:35-
チェックアウトします。
まずは、JR桜木町駅へ。

わー。出勤の人いっぱいだ。

桜木町駅のロッカーに荷物を預けます。

お、ここは現金NGでSuica系のカードしか使えないんだね。
PitapaやIcocaでもいけます。

まずは、出勤の人たちに紛れ、汽車道を目指します。
ランドマークタワー どう行くかな
てくてく・・・既にかなり暑い。
もう30℃は超えてるな。

日本丸交差点から汽車道に入ります。
ここは、1911年(明治44年)開通の旧横浜駅と新港埠頭を結ぶ臨港線(通称税関線とも)の廃線跡を利用し、その一部にあたる約500mの区間をレールも残した上で緑地として整備したものです。
ちなみに、旧横浜駅というのが、現在の桜木町駅です。
汽車道
こちら側から、港1号橋梁、2号橋梁、3号橋梁とあります。
線路がありますね
海沿いは暑さちょっとマシかなー。
みなとみらい
パノラマ撮ってみました。
お いい感じ
まずは港1号橋梁ですね。
これは1907年(明治40年)に、港2号橋梁とともにアメリカン・ブリッジで製作されたトラス橋で、1909年(明治42年)に鉄道院により架設されました。
30フィートの鈑桁橋連と100フィートのトラス橋から構成されています。
ちなみに、1フィートは12cmなので、100フィートは12mですか。
港1号橋梁 解説
日本の鉄道の黎明期、土木を含む鉄道に関する技術は、本州はイギリス、北海道はアメリカ、九州はドイツの流儀を導入したので、本州における鉄道橋も当然イギリス流儀でしたが、イギリスのお雇い外国人技師であったチャールズ・ポーナルが帰国した1896年(明治29年)頃からアメリカ流儀に切り替わり、そこに採用されたのが、アメリカン・ブリッジ製の規格製品なのだそうです。

スカイダックっていう、水陸両用バスがいますね。
水上走行しますか
横浜はずっと開発続いてますね。
今もなおビル建設が続く ランドマークタワー
ふと見ると、水クラゲがいました。
お盆過ぎてるわけでもないのに スカイダックが海上を進んでいましたよ
続いて港2号橋梁ですが、こちらは100フィートのトラス橋のみです。
港2号橋梁 解説
お、なんだかクラゲがいっぱいいるなぁ。
大量発生
ちょっと水際に行ってみました。
港2号橋梁です すげぇ数のクラゲ ≪クリックで動画再生です≫
"Blue Jean"David Bowie
ゆーらゆら
水際からパノラマしてみました。
いいねー
てくてく歩きます。
振り返ってみた 結構暑いです
そして、港3号橋梁へ。
こちらは、元は1906年(明治39年)に架設された北海道炭礦鉄道夕張線の夕張川橋梁の100フィートのトラス橋と1907年(明治40年)に架設された総武鉄道江戸川橋梁の2基の100フィートトラス橋で、1928年(昭和3年)に横浜生糸検査所引込線の大岡橋梁として転用されました。現在は夕張川橋梁のトラスの一部が再移設されて、港3号橋梁としています。1号・2号橋梁と異なりイギリスの技術を採用していて、トラスの高さが低くなっています。
港3号橋梁 解説
この3つの橋梁は、近代化産業遺産にも指定されています。
こういう整備の仕方もいいね
その先には、汽車道をまたぐ格好で建設されたホテル「ナビオス横浜」がありますね。
「ナビオス横浜」 「ナビオス横浜」の下から振り返る
その向こうには赤レンガ倉庫が見えます。
2号館 1号館
汽車道は、「ナビオス横浜」のところで終わっていると思ったら、少しだけ線路が残っていました。
あ線路だ 確かに延長上にあるね
横浜マリンタワーが見えました。
昨夜行った
てくてく、赤レンガ倉庫に向かいます。

いやー、それにしても既に死ぬほど暑い。

-09:30-
赤レンガ倉庫にやってきました。
ここは、明治政府によって保税倉庫として建設され、建設当時の正式名称は「横浜税関新港埠頭倉庫」と言いました。
2号館が1911年(明治44年)、1号館が1913年(大正2年)に竣工しました。保税倉庫としての役割は1989年(平成元年)までに終え、しばらく放置されていましたが、2002年(平成14年)に、1号館は展示スペース、ホールなどの文化施設、2号館は商業施設となり、付近一帯は広場と公園を備える赤レンガパークとして整備されました。

こちらも近代化産業遺産に認定されています。

連休はイベントとかしてたのですかね。
朝からでかいテントの撤去作業をしていました。

人が少ないので、いい感じに撮れます(笑)
2号館 いいねー 見上げた
まだ開いてません 1号館 屋根
いいですねー 鉄扉は開いてるけどまだ入れません ステキ
端の海沿いまで行ってみると、目の前には大桟橋がありますね。
大桟橋のほう
振り向くとレンガ倉庫。
レッカーいなきゃなぁ
パノラマしましょう。
大桟橋のほう
大桟橋には、今日は大型船が停泊していませんが、国際客船ターミナルとなっていて、豪華客船が停泊したりするそうです。
島のように見える
海上保安庁の巡視船がいますね。
つがる型巡視船
PLH-05 ざおう
なんか2号館の妻側で撮影してますねー。
あ、ベンツ撮ってる。
PR用スチールとかですかね。
ベンツだ
なんだか、遺構もありますね。
旧税関事務所遺構だそうです。
1914年(大正3年)に建設されましたが、1923年(大正12年)の関東大震災で床や屋根が焼失し、復旧されないまま埋め戻されていたそうです。
赤レンガパーク整備の際に発見されて、現在は花壇として利用されています。
どことなくラピュタチックですね。
おー なんかすごい 説明
向こうに、「海上保安資料館横浜館」がありますね。「工作船展示館」って何だろうと帰宅後調べたら、1991年(平成13年)に九州南西海域で不審船が海上保安庁の巡視船に発砲したのを受けて防衛射撃をしたところ、不審船自は爆用爆発物で爆発を起こし沈没した、その不審船(工作船)だそうです。
不審船なので、どの国かは特定していませんが、ハングル文字がたくさんあるそうですよ。

時間も早かったので見学は断念しましたが、月曜休館で、祝日の場合翌休だったのでどのみち無理でしたね。
今日は観れない
てくてく歩いて行くと、おや?プラットホームがありますね。
あんなところにプラットフォーム 線路跡も
なんだろうと行ってみると、旧横浜港駅プラットホームだそうです。

横浜港は幕末の開港以降、順次埠頭の整備を進めてきましたが、それでも追い付かず、さらなる拡張として新港埠頭が1914年(大正3年)に完成しました。
この埠頭へ鉄道を乗り入れる工事も行われ、1920年(大正9年)に正式に駅となり、横浜港駅となりました。
この旅客用のプラットホームは、日本郵船および東洋汽船のサンフランシスコ航路出航日に合わせて乗船客と見送り客を輸送するために、東京駅からのボート・トレインが2往復運転されるようになったために設置されたようです。
その後、太平洋戦争中の対米航路の運航中止、敗戦後の進駐軍による接収後、1956年(昭和31年)には返還されましたが、海外旅行は航空機使用の時代に急速に移り変わっていき、1960年(昭和35年)8月27日の氷川丸出航に合わせて運行されたボート・トレインの運行が最後となりました。

貨物輸送はその後も続きましたが、輸送が次第にトラックに移り変わっていくとともに衰退していき、1987年(昭和62年)3月31日の国鉄最後の日に書類上の処理が行われて正式に廃止となりました。
現在あるプラットホームは、1996年(平成8年)に旧旅客ホームを長さ55mほどが保存され、Y字の屋根柱は復元されたものだそうです。
説明 プラットフォーム 古の記憶を呼び覚ます
さて、ではてくてく歩いて、みなとみらい方面へ。

お、面白い陸橋あある。
サークルウォークというらしいです、
へー
利用してみよう
ぐるっとまわる サークルです
ここを経由して、さらに西へ。
先に入れた人は出せない駐輪場
よこはまコスモワールドの観覧車のそばを通ります。
この観覧車は、コスモクロック21と呼ばれ、全高112.5m、直径100mで、時計の有無を除けば、天保山の大観覧車とほぼいっしょという兄弟機だそうです。
おー
ちなみに、日本で一番大きい観覧車は、大阪EXPO CITYのREDHORSE OSAKA WHEELで、全高123m、直径114.7mだそうです。
コスモクロック21と天保山大観覧車は同率4位みたいです。

あ、「カップヌードルミュージアム横浜」がありますね。
大阪・池田にもありますが、行ったことないな。
行ってみたいけど。
自分だけのカップヌードルつくれます
てくてく歩いて、日本丸メモリアルパークへ。
横浜ランドマークタワー
日本丸も、横浜みなと博物館も、月曜休館日ですが、祝祝日の場合翌休となっています。
・・・見れない。
横浜みなと博物館では、柳原良平の作品展していたのになぁ。

日本丸を外から眺めます。
この船は、日本の航海練習船で大型練習帆船でした。
1930年(昭和5年)、兵庫県神戸市の川崎造船所で進水。その美しい姿から、「太平洋の白鳥」や「海の貴婦人」などと呼ばれていました。
昔 神戸に寄港した時見に行ったかな いいねー カッコイイ
日本丸 ステキです 昨日は海の日で帆を張っていたらしい
日本丸は文部省の所管の船であり、約半世紀にわたり活躍し、約183万kmを航海し、約11,500名の実習生を育てました。
1984年(昭和59年)に引退後は海洋練習船としての役割は後継の日本丸II世(現・日本丸)が受け継ぎ、この日本丸は1985年(昭和60年)から横浜市の所有となりここに係留されていますが、船舶安全法に基づく定期検査を毎年受検していて、平水区域を航行区域とする船舶として船舶検査証明書が交付されているということです。
姉妹船には「海王丸」がりますが、こちらは退役後は富山県射水市海王町の「みなとオアシス海王丸パーク」内で展示・公開されています。

さて、次は、横浜ランドマークタワーに上がりますか。
行きますか 日本丸またね
デッキを通じ、3階部分に接続するスカイガーデン専用入口から入ります。
ここですよ
横浜ランドマークタワーは、70階建て、高さ296.3mで、超高層ビルとしては、あべのハルカスに次いで日本で2番目に高く、構造物としては東京スカイツリー(634m)、東京タワー(332.6m)、あべのハルカス(300m)、明石海峡大橋(298.3m)に次ぐ5番目の高さです。

1フロア降りて、チケット売り場へ。
JAF割引使えました。

そして直通エレベーターで69階の展望フロア「スカイガーデン」(地上273m)まで、地上(2階)から最大分速約750mで一気に上がります。
この速度は上り下り共に同速度で、2004年に台北101のエレベーター(最大分速約1,010m)に記録を破られるまでは世界最速でした。
ちなみに、現在最速のエレベーターは、上海タワーの最大分速1,230mだそうです。
現在でも日本最速のエレベーターですね。
最高速度
そして、高さでは、あべのハルカスに抜かれてしまいましたが、日本一階数の多い超高層ビルという座はキープしています。(ハルカスは60階)

欧米系の外国の方といっしょに69階まで上がります。

おおー。
いいねー。
さすがに、昨夜の横浜マリンタワー(展望台94m)とまた違った景色だー。
うわー いいねー
20年の違いを展示しています。
開発ってすごいな
ぐるっとひとまわりします。

ちょうど今、横浜・八景島シーパラダイスとコラボした超高層眺望水族館「シーパラ スカイガーデン」が開催されていました。
八景島の飼育員さんたちも常駐しているようですね。
おさかな 水換えるのも大変だろうな
横浜駅方面を眺めます。
案内写真 横浜駅かな 日産スタジアム
「シーパラ スカイガーデン」は出川哲郎がコラボしているんですね。
解説 ピラニア テッポウウオ
クラゲもいますね。
ゆーらゆーら
天気がよければ富士山見えるんですけどねー。
ちょっと見えないか 見えてる時の様子 こっちのほうだけど無理ですね
富士山、帰りは見えるかな。
富士山フェチですから(笑)
中華街のほうも見てみます。
媽祖廟の屋根が見える 横浜スタジアム
最後に、足元見ていこう。
汽車道のほう ビル建設中
山下公園のほう 大桟橋とか
ということで、見学終了、また分速750mで下ります。
ランドマークタワーの下の方の吹き抜け カーブするエスカレーター
隣の横浜美術館では「モネ それからの100年」が開催されていますね。
うーん。観たいけどちょっと時間的に厳しいかな。

ということで、断念してJR桜木町駅に向かいます。

JR桜木町駅は、旧横浜駅だったということで、何か記念碑みたいなのないかなと探しましたが、ちょっと離れたところにあるという案内看板があり、この暑さで行く気が出ないなおで、断念してロッカーに荷物回収に行きます。
まぁいいか
そして、JR京浜東北・根岸線に乗り、JR横浜駅へ。

てくてく歩いて、この旅ラストのイベント、横浜家系ラーメンを食べに行きます。

本当は、横浜家系の総本山と言われる「吉村家」に行きたかったのですが、毎週月曜定休なところ、祝日の場合営業、翌休に当たってしまったため無理でした。

吉村家直系の家系ラーメンをとも考えましたが、いろいろリサーチしているとよさげなところが。

歩いて10分くらいだし、ロッカーに荷物預けず歩いていきます。

-11:20-
「鶴一家」にやってきました。
ここですよー
お昼前なので、さほど混んでいませんでした。
よかった。

入口で食券を買います。
何するかなー。
後は帰るだけだし、呑むか。
豚骨のスペシャルいきます。
misenさんは中華そば。
あと、瓶ビールもお願いします。

カウンターを勧められますが、荷物が多かったので、相席になるかもしれないけど、奥のテーブルにどうぞと変えていただきました。
ありがたや。

まずはビールがきます。
くああー。うまい!
もうそんなに歩かないからね
なんか、いい雰囲気ですねー。
好みでいろいろ変えられます ご夫婦?で切り盛り
そしてしばらく待つと、ラーメンがきました。
見た目、かなりのこってりかと思いましたが、スープは予想に反してマイルド。これ、うまい!!
豚骨と中華そばでは、スープの絡まり具合のためか、麺の太さが違いました。
スペシャル 中華そば
くうー。
旅の最後にふさわしいうまさですね。

というわけで、お昼時の混雑が始まる前に退散します。
おいしかったです。ごちそうさまでしたー。

またてくてくJR横浜駅へて歩きます。

途中、「マドロ少年の像」ってのがりますね。
なんだろう。
岡田屋モアーズの正面入口前に息子が父親のパイブをくわえ、父親の長靴を履いて父親を待っている像だそうです。
岡田屋の三代目社長がオランダに行った際に購入した像をモチーフに作成したものらしいですね。
マドロス少年 解説
1968年(昭和43年)に岡田屋モアーズができた時からあるそうで、待ち合わせスポットにもなっているそうです。
へー。

では、帰路につきます。
ここからは、往路切符を使います。

横浜線快速・八王子行に乗ります。

JR新横浜駅で新幹線に乗り換えますよ。
まだもうちょい時間ある
まだ早いのでホーム下の待合で涼んで待ちます。
帰りに崎陽軒の焼売つまみながら帰ろうかなと買ったら、焼売弁当でした。
あー、ごはんとかもあるな。

ラーメンで結構おなかいっぱいなので、これは持ち帰り、別で崎陽軒の焼売買いましたよ。

さて、あと10分ほどで新幹線来るからホームに上がりますか。
次の次 ≪クリックで動画再生です≫
のぞみ283号が来ました
反対側には、N700Aがいました。
AdvancedのA
-12:49-
帰りの東海道新幹線のぞみ33号・博多行がやってきました。
定刻通り
乗り込むと、まわりはほぼサラリーマン。
そんな中、缶ビールをプシュっと開けて、崎陽軒の焼売を食べはじめます。
わーい
関西人にとっては、551蓬莱の豚まんは、電車の中ではかなり匂いがするというのが有名な話ですが、関東の人には崎陽軒も同等なのかな。
そんなに匂いはしないと思うのですが、まぁお昼時だし、気にしないでおこう。
焼売弁当は持って帰る
帰りも富士山は見えませんでしたね。
残念。
富士川あたり
浜名湖を通過します。
幼少のころ泳ぎに来たなぁ
-14:11-
名古屋駅に停車します。
にゃごや
キリンビール名古屋工場の横を過ぎます。
ここも行ってみたいな
岐阜羽島あたりで名神と並走です。
当然新幹線が早い
Panasonicのソーラーアーク横を過ぎます。
ソーラーパネルだらけ
田植えを終えた田んぼは観ていて気持ちいいですねー。
The 日本の風景
-14:48-
京都駅に停車します。
京都タワー 京都駅
サントリー山崎蒸留所を見ながら通過します。
山崎行きたいなぁ
鳥飼車両基地横を通ります。
≪クリックで動画再生です≫
長い操車場
"Hungry Days"Impellitteri
-15:03-
定刻通り、新大阪駅で下車します。
九州新幹線
在来線に乗り換え、東海道本線で大阪駅へ。

そこから阪急に乗り換え、阪急・梅田駅から神戸線で西宮北口駅へ。
乗り換えて今津線で最寄りの小林駅まで乗り、てくてく歩いて帰ります。

そして無事帰宅。
いやー。暑かった。

とりあえずシャワーして、洗濯大会(笑)
こう暑いと、ほぼ今日中に乾くな。
明日からまた現実世界なので、さっさと片付けしちゃいますよ。
横浜ランドマークタワーのチケットは絵柄が違った この暑いのに制覇はできない
お土産を広げてみます。
あと点心が輸送されてくる
夕食に、崎陽軒の焼売弁当もいただきました。
わーい 中はこんなの
今回は、2つの美術館、4つのタワーとなかなか充実した内容になりました。
東京は楽しいね。大阪より蒸し暑かったけど。
こまめな水分補給と、塩分タブレットでなんとか乗り切りました。
卸したての扇子がクラッシュしてしまったのは悲しかったですが、まぁそれもまたいい思い出となるでしょう。

東京はまた秋に行く予定です。

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