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 兵庫(草屋根の会で尼崎と宝塚の村野藤吾建築ツアー) (2026/07/29)

草屋根の会で、草屋根ではないのですが、建築家・村野藤吾の建築を追っていたりします。
今回は、尼崎市役所と、宝塚市役所、カトリック宝塚教会を巡ることになりました。

いろいろ手配の都合上、7月29日(水)の開催となりました。
夏休みとって行けそうです。
参加者の車乗合で行くほうが合理的かなと言うことになりました。
車出せますよ。

で、ほぼ地元なので、懇親会の手配も頼まれたり。

6月30日
会場予約しておきました。

7月3日
参加募集開始ですので、申込しておきました。

7月22日
ふと、訪れる先々の駐車場案内があったほうが便利だなと考えおもむろに作成。
事務局にご提供しておきました。
参加申込の状況で、車出せますよって方は結構いたようです。ただ、多すぎるとカトリック宝塚教会とかは停められないかもなので、事務局で整理するようです。

7月24日
結局、車を出すことに決定。
当日は、参加者の一部をJR尼崎駅に迎えに行くことになりました。

7月29日
当日です。

-07:00-
目覚めます。
準備するか。

-08:40-
では行きますよ。
CIVICよろしくー
武庫川を渡り、県道42号を南下していきます。

山手幹線を東へ進み、県道13号を南下、波洲通を東へ進み大物線を北上します。

-09:20-
JR尼崎駅南のロータリー内は少し待つには駐車しづらかったので、近くで待っておき、連絡をいただくことにしました。

-09:25-
お、連絡が来たので、JR尼崎駅集合組をピックアップします。

大物線を南下し、波洲通を西へ走り、県道142号を北上、橘通を西へ走り、七松線を北上します。

-09:40-
尼崎市役所に到着しました。
集合は中館1階のエレベーター前ですね。向かいましょう。
尼崎市役所です
いやぁ。しかし暑いです。

皆さん早目に揃われたので、会議室に移動です。

-09:55-
今回も、尼崎市の学芸員・桃谷さんにお世話になります。
尼崎市役所については、以前、村野藤吾建築である旧大庄村役場の見学をした際にも、桃谷さんから尼崎市役所を軽くご説明をいただきました。(こちら
今回は、詳しくお聞きできますね。
よろしくお願いしますー
では早速、尼崎市役所について説明を受けます。

戦前の尼崎市役所は、阪神・尼崎駅南東の、現在は尼崎城が建っているあたりに木造2階建の庁舎があり、戦後は同じ地区の鉄筋コンクリート造3階の旧尼崎国民学校校舎を視聴者としていたそうです。
しかし、戦後復興から高度経済成長時代に尼崎が工業都市として発展するのに伴い、手狭になったため現在の三代目の市役所建設となったそうです。

尼崎市役所は、結構駅から離れているのですが、当時の人口重心がこの地であっとことと、ここに沼地があったので、土地問題尾解決できたというのが大きな理由のようですね。

1960年(昭和35年)に尼崎市は特命で村野藤吾に設計を依頼します。
通常であれば、設計コンペなどで決めるところですが、そうなると期間が長くなります。
公文書には確たる理由が残されていないそうですが、使っていた旧国民学校校舎を再び学校として使いたいということもあり、期間短縮が望まれたそうです。
桃谷さんが2012年(平成24年)に「建築家村野藤吾と尼崎展」を企画した際に、もう退職した人たちに聞いて回ったところ、当時の総務課長がまだご存命で話をお聞きすることができ、村野藤吾に依頼したのは、、大庄村役場での実績が大きかったためということだったそうです。

村野藤吾は第1案を完成させますが、兵庫県から高さ制限オーバーを指摘されます。
第1案は、旧横浜市庁舎に似ていますね。低層棟が高層棟に取り込まれている形になっています。

そこで第2案をリリースしますが、こちらは予算オーバー。
この時点で、議会棟は現在の形状になり。低層棟と高層棟が分離しています。

そして、最終案となりました。
構想案の変遷
1960年(昭和35年)に設計を始め、恐らく年度なので4月以降に開始して第1案、第2案、そして最終案となり11月には設計完了。
12月から建築工事を開始し、1962年(昭和37年)10月に竣工しています。地上9階・地下2階で3棟あわせて約2万m2。驚異的な早さですね。

後に、1982年(昭和57年)には市議会棟増築、1984年(昭和59年)には第二庁舎(北館)が、村野藤吾の設計により増築されています。

村野藤吾の理想とする庁舎建築とは、スウェーデンのラグナル・エストベリ設計のストックホルム市庁舎だったそうです。
その影響もあり、村野藤吾の庁舎建築は市民が使うものと言う位置づけで、市民ホールが必要と言う考えがあるそうです。

尼崎市役所も低層棟1階は竣工時は市民ホールとしていましたが、現在は庁舎機能が飽和していてそこは事務スペースになっています。
低層棟1階
当初は市民ホール
低層m根の吹き抜けと大階段 低層棟2階の市長室(竣工時)
現在の市長室 横浜市庁舎と宝塚市庁舎の市民ホール
村野藤吾が最初に手掛けた大庄村役場には市民ホールは面積の関係上実現できませんでしたが、中庭にその機能を持たせていたそうです。

では、見学していきましょう。
階段 細かいところまでこだわり 今やこういうことはしないなぁ
高層階1階に降りる部分は、低層階との兼ね合いで階段の配置が少しイレギュラーとなっています。
そのための手摺の処理がとても繊細なのです。
ここですね 手摺と階段の高さが均一となるよう細かく調整 今ならこういうことはしないよね
いやぁすごいなぁ 階段裏も細かいデザイン
桃谷さん曰くは、この階段は、関西大学第4学舎の3号館か4号館にある階段と似ているそうです。
そのことを村野事務所の方に訪ねたことがあったそうですが、公式には言えないけど、ディテールや図面の使いまわしはあったそうです。
まぁ、現代の設計でもCADデータ使いまわしはよくやるので同じですよね。全てが一点モノとはいきません。
手摺の金物は真鍮かなぁ
上野製作所の手によるものでしょうかねぇ。
上野さんは、村野藤吾設計の金物を多く手がけた方です。(こちら

低層階2階の市長室に向かいます。
市長室前
村野藤吾設計の家具も多く残っています。
サイドテーブル テーパーがついています
というわけで、市長室におじゃまします。
市長室です 天井が高い
実際に執務は奥のドアのほうでされているらしい 会議とか応接中心かな
この部屋で執務するには広すぎるんでしょうねぇ。

市長の執務机とサイドテーブルは村野藤吾設計です。
おー 天板はテーパーついてます
脚も四角ではないんだ
仕事上、いくつかの市役所・町役場の首長室にはお邪魔したことがありますが、首長の執務机と応接はセットなのですが、これほど広大な市長室はお目にかかったことはないですね。
そりゃ、市長も若干居心地悪いでしょう。
2002年(平成14年)に当選した白井市長の時代に、市政透明化の公約として「ガラス張りの市長室」を設置しようとしていましたが、結局断念されていた過去もありますね。
天井 手摺 細かなデザイン カーテンボックス
村野藤吾設計の机のサイズを測ってみたり。
前田さんの机の高さと同じだそうです
おじゃましましたー。ということで、市長室を後にします。
市長室前の衝立もそれっぽい 市長室入口の把手は違うかな どうだろう
低層棟と高層棟をつなぐ部分は竣工当時とは違い完全に一体化しているので、内部からはどこからが低層部でどこからが渡り廊下部分化よくわからないそうです。
見通す
市民窓口のほうに向かいます。
手摺撮っちゃいますね
2階から吹き抜けを一望します。
いいねー 大階段 天井の明り取り窓
天井の明かり取りのトップライトは、工業のまち尼崎をイメージして、工場の屋根のような形にしているのだとか。

尼崎市役所は、1962年(昭和37年)に竣工していますので、いわゆる旧耐震基準の建物であり、耐震性が劣るということから耐震補強工事をしています。
その工事を当時ご担当された方が説明をしてくださいました。
その方がつくられた村野藤吾コーナー
低層棟の1階は元々はピロティとなっていました。
村野藤吾とのライバル関係が言われた丹下健三の庁舎建築にはつきものですが、尼崎市役所は、丹下健三の庁舎建築(ピロティ)と村野藤吾の庁舎建築(ホール)は共存しています。
天井
耐震補強は、鉄骨ブレースを入れているのですが、当初は外壁面に設置しようとしていたそうですが、建築学会等からいろいろ意見をいただいたそうで、結局内部に設置し、しかも木製ルーバーでブレースを見えにくくするようなことにしたそうです。
そのおかげで、「尼崎市役所はここまでやってくれた」という事例になってしまったのだとか。
木製ルーバーの向こうにブレース 六角形のルーバー
村野藤吾建築は、細かいところまでの仕上げがすごいです。
幅木と床の取り合いは直角だとゴミがたまりやすいのでアールをつけている
耐震補強をしたからといって、建物寿命が延びるわけではありません。
築64年。そのあたりどうするのかなぁと聞いてみると、一応建替えの検討はしていて、毎年基金を積立てていっているそうです。

横浜市役所は、一部、星野リゾートがホテルとして使っていますが、尼崎のこの立地では難しいでしょうね。
現実的には、お隣の橘公園に新庁舎を建てて、現庁舎の土地を新たな橘公園にするとかの遷都で建築するのかなぁ。

大階段を降りていきます。
大階段 大階段裏 手摺の袖板の金物
村野建築では、階段はできるだけ軽く見せるということで、1段目を浮かせているような仕舞いにしていることが多いのですが、尼崎市役所の大階段は浮かせていませんでした。

大階段の袖板や、2階吹き抜けに面した袖板の上端に手摺がありますが、その手摺は当初はなく、袖板自身が手摺の役目も担っていたため、持ちやすい形状となっていました。

地下部分も行けるようですが、違うところから降りるようです。
マイナンバーカード会場横の地階への階段
大階段の下の階段を下っていきます。
地下へ レンガ調のタイル
外部から見ると、低層棟は地下の明かりとりのためにドライエリアのようなお堀に囲まれており、そこに面したガラスブロックの部分が内部から見るといい感じの光です。
壁があるのが残念 市長室のところの把手と似ているなぁ 階段はいかにもな感じ
では1階に戻りましょう。
手摺 木製でここまで細かくやるんだ
2階に上がり、議会棟へ。
議会棟への渡り廊下
この渡り廊下は、外気にかなり解放されていますので、横殴りの雨の時とかは結構雨水が入りますね。

議場に入らせていただきます。
議場ホールのペンダントライト 村野藤吾デザインの把手 握りやすいんですよね
尼崎市役所の建具の金物で、オリジナルのものはマイナスネジだそうでそれで村野藤吾デザインかどうかがだいたいわかるそうです。
議長席 テーパーついています
ペンが転がり落ちないよう、机の縁は少し上がっているデザインです。
理事者席 細かな配慮
元々の照明より増設しているそうです。
理由は、暗すぎて見えないからだそうです。
ペンダントライトは今もある
村野藤吾の家具で議会を開催しているとわかっている議員、市職員はどれくらいいますかねぇ。
発言台
横側の窓からの光はいい感じですね。
確かにこれだけでは暗いけど
議場は他のところでもいくつか拝見したことがありますが、印象的には45万都市にしては狭いなぁという感じ。
恐らく、設計当時からすると、市として急成長したので仕方ないのかもですね。
割とこじんまり感がある
それもあって、1982年(昭和57年)に市議会棟を増築したのでしょう。
議会棟3階へ。
中庭がありますね。
階段手摺 握りやすい 中庭です
案内してくださった職員の方に聞いてみると、屋上に出ても良いとのことなので、出させていただきます。
議会棟はVの字の冷えろがった部分をあわせたような形をしていて、北側に増築棟が接続しています。
螺旋階段を上がる 高層棟と北棟 《クリックで動画再生》
ぐるり一周
低層棟 明り取り窓 北側の景色
中庭 ぱっと見は大きなタイルが貼られているようにも見えますね
尼崎市は山がない市域なので、ぐるり平地ですね。

いやぁ。しかし暑い。
降りていきます。
議会1階の入口へ。
また違うテクスチャのタイル 90度折れではない役物タイル
施工誤差とか考えたら、焼き上がったタイルに現場をあわせて仕上げたのかなぁ。役物は加工した感じはなかったので、そもそもこの形で、微妙な角度を指定して焼き上げたのでしょうね。大変・・・。

外部をみていきます。
Y字形のデザインの議会棟 低層棟
渡り廊下の下の柱はM字型のものですが、耐震改修時につくりなおしたものだそうです。
元からこの形だったものを再現 増築棟のほう
低層棟と高層棟のほうに行きます。
渡り廊下
高層棟は、窓を貫く柱のデザインで、4階以上は同じデザイン、3階は妻側に飾りがあって、少し遊びがありますね。
柱で窓を貫くデザイン △の凹みがある 3階は遊び
お堀は、元々ここが池・沼だったので、当時は水も結構でていたのかなぁと思い、その対策もあったんですかね?と聞いてみるとそういったこともあったそうです。
ただ、現在はほぼお堀には水が出ていないそうですが、今でも地下では一定ポンプで水を汲んでいるようです。
お堀 水ないね 低層棟の2階箸 先ほど地階から見たガラスブロックの前には室外機
低層棟に入るお堀上の橋は、竣工当初からこの位置にはあるそうですが、どうもオリジナルではないっぽいとのことでした。
低層棟の南端
南側の1階のガラス張りは、当初はもっと奥まっていたそうです。
スペース確保のため外側に出てきたガラス 地階の感じ お堀
尼崎市役所で不祥事(ばかりではないでしょうけど)でニュースに役所が出る時のカットは決まっているそうです。
それがこのカット
西側にまわります。
高層棟は、地図記号のお城(凸)を模しているとも言われています。お堀もありますしね。
お城 高層棟
ということで一通り見学終了です。
地階部分を横から
-12:05-
では一旦解散です。車に分散し、宝塚市役所に移動。昼食後再集合です。

JR尼崎組を乗せて移動します。

七松通に出ようとして、橘公園の横を北上し、JR神戸線沿いに西に走りますが、あ、右折禁止か。
仕方ないので、左折して再度尼崎市役所横を通り、橘通を西へ。
そして県道42号・尼宝線を北上します。
阪急を越えるオーバーブリッジ拡幅するんだ
伊丹市を過ぎ、宝塚市に入り武庫川を渡り、県道114号を北上します。

-12:35-
宝塚市役所にやってきました。

「宝塚料理店」でランチにしますか。
市役所食堂の「宝塚料理店」 今日の日替わりは黒毛和牛すじのぼっかけコロッケかシュクメルリライス
カレーも美味しいのですが、過去に2度ほどいただいたことがありるので、今日はA:宮崎黒毛和牛すじのぼっかけコロッケと食後にコーヒーにしましょう。
いただきますー
おー。定食も美味しいですね。
ちなみに、ごはんとサラダは1回だけおかわりができます。しませんでしたが。

食後のコーヒーを飲みながら、ゆったり村野建築を感じます。
青いタイルはオリジナルのままだそうです
さて、次の集合は14時ですね。
まだ時間があるので外観とかぐるり見て回りますか?ということで、同乗の方々と暑いけどちょっと散歩です。

宝塚市役所は1980年(昭和55年)に竣工した、村野藤吾設計の庁舎です。
外観は、グンナール・アスプルンド設計のストックホルム市立図書館だそうです。
このあたりの知識は、以前、宝塚まち遊び委員会(現在は解散)が主催した、「村野藤吾建築の魅力とガイドツアー」で、京都工芸繊維大学の笠原一人准教授のガイドで仕入れています。(こちら

ストックホルム市立図書館の感じがわかるのは、武庫川の河川敷からの眺めなので、まずは武庫川河川敷へ。
宝塚市役所です 《Googleストリートビュー》
ストックホルム市立図書館
眺めはいいですが、やはり危険な暑さですね。
戻りましょう。

ぐるり歩いていきます。
本庁舎は竣工以来、英国式にG階、1階・・・4階としていたのを、2023年(令和5年)に第2庁舎が建設され、業務開始にあわせて、1階〜5階と変更しました。
ということでここは2階 庁舎側の壁
尼崎市役所に似ている
ルネサンス様式の影響
見上げ 議会入口 贅沢なスペースのとりかたです
北東角に来ました。
車のぶつかり防止 床煉瓦タイルの貼り方で柱と建物角の交点をつなぐ
車のぶつかり防止は御影石でつくってあり、しかも表面は叩き仕上げにしていて、こんなところまでこだわったつくりとなっています。
まぁ、ある意味角はビューポイントにもなりますしね。
南側 いいですねー
ふと見ると、スギ&炭チップと再生炭でNO2を吸収するフラワーポットがありました。
空気をきれいにするってことです。
フラワーポットに植物はなかったけど
ぐるっとまわっていきます。
上野フロアよりこのフロア(2階)は高いな 贅沢な空間
-13:35-
14時集合ですが、外は暑いので、集合場所のらせん階段で待機することにしました。
らせん階段 上は市民ホール いいねー
まさに、村野藤吾な階段ですね。

尼崎市役所にしても、ここ宝塚市役所にしても、正面玄関って感じの場所がないですね。
あえて正面をつくっていないのかなぁ。

宝塚市役所で正面といえばどこだろうかという話に。
うーん。電車と徒歩で来庁するなら、南西側のどこからか入ることになるのですよね。
車なら南東側のL字の隅かな。そういえば、そこには独立した庇がありますよね。それも見に行っておきましょうか。
キノコのような庇
これ、雨水はは真ん中に集めて柱を通しています。なので、見た目には樋がないのですよね。

そんな観察をしていると、よく我が家に配達に来る佐川急便のお姉さんと出会ったり(笑)
地元だなぁ。

で、らせん階段のところに戻ります。
浮かせる階段 鉄骨だろうけど仕舞いがすごい
このらせん階段の制作も上野さんの手によるものだということでした。
階段と吊り支える円形リングがセットとなっています。

-13:55-
全員揃ったので、午後の部開始です。
宝塚市の職員の方が案内してくださいます。

まずは5階に上がります。
議場がありますね。
尼崎市議会と同じハンドル 傍聴席から見た天井 円柱部分にあるので外壁は曲面
議場の天井と壁の取り合い部分はあえて隙間をつくり、間接照明を入れて軽さを出していますね。

屋上に出ていいそうです。
円柱部分 武庫川のほう 緑化もしている
普段は市民が自由に出入りできるようになっていません。
また、円柱部分も人目に触れないのに、作り込みはかなり細かいです。ここも村野建築たる所以ですかね。
ほほう
ちなみに、円柱部分の屋上には、太陽光パネルとかがあるそうです。

中に戻ります。
議場入り口には、村野藤吾デザインの机があります。
おおー 椅子も村野藤吾デザインです
では議場に入りましょう。
昨年に続き入る
後発の庁舎建築だけあって、議場は尼崎市よりも広い感じがします。
人口規模でいうと、宝塚市は尼崎市の1/2程度なんですけどね。

午前中説明いただいた、尼崎市の方が金物の設置について教えてくださいました。
把手は、裏大手で貫通して固定していますが、表となるほうにはネジが見えないようにしているとのこと。
こちらはネジあり ネジなし
おー。ちょっと感動。
ちなみに、尼崎市はマイナスネジでしたが、宝塚市はプラスねじ。このあたりは時代の変化かなってことです。

階段を下りていきます。
人造石研ぎ出しもできる職人さんいなくなったよなぁ
いわゆる「人研ぎ」ってやつですが、石に見えて左官仕事です。
最近はめっきり見なくなりました。

市民ホールを眺めに行きます。
北欧から輸入の椅子の背もたれ部分をカット 大和張りの天井
いろいろ見ていると、吹き抜けの部分に防煙垂れ壁の設置があるなと気づきました。そりゃそうだよね。
あー、そうか。ということは、飾りの扉と思っていた吹き抜けの通路に面する部屋の扉は煙か熱煙感知の扉なのかー。
扉裏見たら感知器連動のラッチついていました
長らくこういった建物の設計見ていないからなぁ。
市民ホール
次は市長室におじゃまします。
なんと、宝塚市長さんがおられました。
おじゃましますー
尼崎市役所の市長室同様、宝塚市役所の氏t業室も執務するには広すぎるそうです。
てことで市長さんは横の部屋で執務されているそうで、そこも見せていただきました(笑)

市長室からベランダに出た眺めも見て良いそうです。
ベランダの向こうはさっきいた議会の外 武庫川
市長さんによると、市長室からの眺めは六甲山系の端、また甲山も見え、右手には武庫川の流れを一望し、その向こうには長尾連山も見える一番ロケーションがいい場所なのでここを市長室としたとの話を聞いているとのことでした。

武庫川上流、宝塚駅周辺などはこの市役所ができた当時は高いマンションなんてなかったし、もっといい景色だったろうなぁ。

市長の執務机は、尼崎市長の執務机とほぼ同じでしたが、さすがまだ新しいですね。
実際には使われていません
床のカーペットも当時のままだそうで、家具をどけたらオリジナルの色が出てきたのだとか。
赤系はどうしても光で退色しちゃいますからねぇ。

その後、市長さんと名刺交換をしてから記念撮影しましたよ。
前田さんのスマホで撮影
市長、お忙しいところおじゃましましたー。

fでは、市民ホールに向かいましょう。
これまでも、市役所の業務が増えて、床が足らなくなってきていたので、市民ホールにパーティション立てて、執務室としていました。
京都工芸繊維大学の笠原先生をはじめ、ここを本来の市民ホールにするよう市に訴えてきていたところですが、今年10月から市民ホールとしてちゃんと使うそうです。
フロアライトもオリジナル さっきいた回廊 オーダーに基づいた柱
ホール出入口のドアハンドルもいいですね。
逆光 でもいい形なんです
柱は、多分鉄骨の柱がいて、それを人造石のパーツで囲っているのでしょうね。
それでも細かいつくり
1階に降りて、らせん階段のところに行きます。
現在は通行できません。

1段目は浮かせるようにして軽く見せていますが、ちゃんと見えないところで接地しています。
最下段と踊り場は支えてある 鉄骨の加工がすごい きれいですねー
以前聞いた時は、村野藤吾はなるべく階段の踊り場は下のほうに接地することを心掛けたそうです。
イメージは飛行機の着陸で、着地直前に機体の角度を緩やかにするのと同じで、階段を下りてきた時にそのままの勢いで平面に至るのではなく、踊り場で勢いを和らげてスムースに平面を歩き出せるようにということに配慮した結果とのことでした。
緩やかな着地 ディテールが細かい
この階段は、2階の床の円の開口に鉄骨リングがはまった形で、そのリングと一体で階段があります。
てことは、2階の床で階段を吊っているってことなのかな。
さらに、円形の開口のサイズより、階段のらせん階段は外に膨らみ、1階床に接地する時は円からはみ出ています。そこがまた緩やかに、柔らかくするデザインなのでしょうね。

最後に、宝塚市役所の方から、手塚治虫の一生をドラマにする署名活動のお願いがありました。(こちら
ご案内
以上で宝塚市役所は終了です。

-15:00-
一旦解散します。
あとは、外部を見るなり自由にしてもらい、カトリック宝塚教会に再集合となりました。
先ほど、外観は一回りしましたし、夕立のような雨も降ってきたので、移動することにしました。

武庫川沿いから市役所前通に入り、県道337号から阪急・逆瀬川駅方面へ。
そして市道を走ります。

住宅街を抜けていきました。
教会駐車場に停めました
てくてく歩きます。
住宅街の中に教会
-15:20-
カトリック宝塚教会」にやってきました。
カトリック宝塚教会 こちらが後ろのほう
カトリック宝塚教会は、1965年(昭和40年)に建設されました。
外観は横から見るとハイヒールを逆さにしたようなデザインです。
また、村野藤吾自身が「大洋を漂いつづけていた白鯨がようやく安住の地をみつけ岸辺に打ち寄せられたとでも申しましょうか。」と語ったように、白鯨にも見えます。
平面は二等辺三角形に近い形です。
建築家・ル・コルビュジェのロンシャンの礼拝堂(1955年建設)をも連想させる形状ですね。
樋はなく自然に排水
元々は、雨水は屋根から滝のように垂れ流しになっていたそうですが、入口に近く支障があったそうなので、モニュメントを設置して、その中を通して排水するようにしたそうです。

中に入ります。
左右で壁の様子が違います
正面が祭壇のほうです。
左側はすぐそばを阪急電車が通るので、音の問題もあってほぼ壁で高窓になっています。
右側は斜めに配置された壁が重なり合うようになっていて、その間に縦窓があり、柔らかな光りを取り入れています。この右手の窓、春分の日の夕方だけは、差し込んだ光が真っすぐに祭壇を照らすのだそうです。

聖歌隊席のある2階へは今日は上がってはいけないようでした。
村野藤吾らしい階段 1段目は浮いている
椅子は、村野藤吾デザインのオリジナルで、クッションというかイグサの座面は、2011年(平成23年)から信徒さんたちが261脚すべてを6年がかりで張り替えたのだそうです。。
椅子と跪く台
天井のうねりが美しいですねー。
きれい
天井は、厚さ5mm、幅50mmのラワン材を音響効果を考えて曲面に張っているそうです。

しかし、今日はエアコンを入れていないようでめちゃくちゃ暑いです。
右手の縦窓 左手の高窓
小聖堂ですかね。カーテンで仕切られた礼拝場所もあります。
右て後方にあります
最後部に座ってしばし眺めます。
厳か・・・暑いけど マリア像とかあります
前田さんが電気を消してみていました。
祭壇のところは点いている 祭壇は消えて後ろだけ点いている 全部消しました
尖塔からの光りもいい感じ
自然光だけでもかなりのいい感じですね。

いやぁ。しかし暑さにがまんできなくなってきたので出ますか。
把手がかわいい
阪急電車側から外観を見ます。
この外観は、高校通学当時は3年間毎日見ていましたけど、その当時は深堀りすることなかったなぁ。
大学に通い出してから、村野藤吾の建築ということを知りました。
ハイヒールを逆さにしたような 阪急電車通った
外観と内観の差がありすぎてすごいですね。
尖塔 ここにも雨水排水があった
尖塔部分を眺めます。
タタキ仕上げ
ステンドグラス部分は黒っぽい
二等辺三角形の平面の頂点部分から ステキ
村野藤吾は竣工時「建物が地面に建っているというより、『はえ』ているようにしたいと思った」と語っていて、その言葉通り、モルタル吹き付けの白壁は地面から生えているようです。
入口 教会の名前の由来である「被昇天のマリア」が設置 何度見てもいいですね
-15:45-
さて、見学終了しましたが、懇親会は早くても17時からなので、小一時間時間ありますね。
ということで、コーヒーブレイクしに行くことにしました。

てくてく駐車場まで戻り、聖天通から市道を経由し、県道16号へ。
武庫川を渡ります。

-16:05-
Kanya COFFEE」宝塚劇場前店にやってきました。
ここ、以前は「Greenberry's Coffee」だったのですが、名前が変わっていましたね。ちなみに、メニューや営業体制などはそのままだそうです。
お隣はヘアサロン Kanya COFFEE
いやぁ。しかし今日は暑いですね。
あまり飲まない、アイスラテとか飲んじゃおう。
アイスラテ
いろいろ皆さんとお話しながらまったりします。

-16:50-
では行きますか。
火の鳥の前を通過
県道16号からR176を走り、市道に入り駐車場に停めます。
皆さん無事到着したので、ではお店に行きますか。

-17:05-
がんこ宝塚苑」にやってきました。
こちらは、関西では有名な「がんこ」が手がけるお屋敷な店舗です。
来ました おーすごい
ちなみに、我が家は法事の際はよくこちらを利用させていただいています。
門をくぐると別世界
座敷に通されます。

今回は、柚子みぞれ豚しゃぶコース・日高で飲み放題セットとしています。
前菜
ではではかんぱーい♪
おつかれさまー
今日は運転しているので、ノンアルビールをいただきますよ。
お造り 茶碗蒸し
いろいろ皆さんとおしゃべりしながら楽しみます。

柚子みぞれ豚しゃぶが登場します。
豚さん 紙鍋でしゃぶしゃぶする
先に野菜を全量投入してから、再度温まったら豚肉をしゃぶしゃぶしてくださいねとのことでした。
揚げ物盛合せ コーンご飯
てことで、美味しくいただきました。
ごちそうさまでしたー。
解散となります。

確かここ、地元の不動産会社、出口地所の社長邸宅だったよなぁと思い、おいとまする時に聞いてみたらやはりそうでした。
がんこが買い取ったのかと思っていたのですが、どうやら借りているそうです。
日も暮れてきていい感じ 大邸宅だなぁ よかったです
意外とリーズナブルに楽しめますよ
-19:15-
ということで、ここで解散となります。
皆さんは宝塚駅へ徒歩で移動。
車組は駐車場で解散です。

市道を走り、県道188号で武庫川を渡ります。
休業中の安藤忠雄設計の温泉施設
県道337号から県道16号、再び県道337号を走ります。

-19:30-
帰宅しました。
早い!

本日の走行距離 39km

帰宅後、尼崎市の学芸員・桃谷さん作成の資料を改めて拝見。

村野藤吾は生涯で5つの役場を設計しています。

1937年(昭和12年)の大庄村役場。
1959年(昭和34年)の横浜市庁舎。こちらは高層棟がホテルとして転用、議会低層棟は解体されてありません。
1962年(昭和37年)の尼崎市庁舎。
1965年(昭和40年)の美原町(現・堺市美原区)庁舎。こちらは2011年(平成23年)に解体されました。
1980年(昭和55年)のわが街、宝塚市庁舎です。

尼崎市には、2つの庁舎が残っていますね。
ちなみに、宝塚市役所は「かわいい庁舎」、横浜市役所は「かっこいい庁舎」、尼崎市役所は「変っている庁舎」ということらしいです。
解説
近くの村野藤吾建築といえば、あとは西宮に「シトー会西宮の聖母修道院(西宮トラピスチヌ修道院)」や、宝塚にも「宝塚ゴルフ倶楽部クラブハウス」がありますが、修道院は尼さんの場所であるため内部は見れませんし、宝塚ゴルフ倶楽部も会員オンリーで、しかもドレスコードもあるため見学はできないようです。
どこかが見学ツアー主催してくれないかなぁ。

尼崎と宝塚の村野藤吾建築ツアー、平日休暇をとってとなりましたが、楽しかったです。

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