Rockzの愛車だったTMAX530と、バイクの話題の部屋です。
※ここに掲載のカスタムを参考にされる場合はあくまでも個人の責任でお願いします。
Last Update 2026/05/18
| 2001年にこれまでなかった「大型二輪免許で乗るスクーター」という、メガスクーターなるカテゴリで、YAMAHA TMAXが登場しました。 「オートマチックスポーツ」というカテゴリは二輪の世界に新しい風を吹き込んだと実感しています。 Honda Dio(50cc)、Honda SPADA(250cc)、Honda VFR400(NC30)(400cc)と乗り、その後一旦二輪から遠のいてHonda LEAD90に乗っていましたが、再びバイク熱に火かついて、大型バイクに乗ることになりました。 そして、2002年3月8日から15年間、2017年3月11日まで、4台のTMAXを乗り継いできました。 理由あって、現在二輪からは完全に降りていますが、また乗れる日が来ればいいなぁと思います。 とりあえず、過去に乗ったTMAXたちです。 |
YAMAHA TMAX530 (EBL-SJ12J) 2013.03.30〜2017.03.11 走行距離 37,949km 詳しくはこちら |
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YAMAHA TMAX (EBL-SJ08J) 2008.12.28〜2013.03.09 走行距離 45,109km 詳しくはこちら |
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YAMAHA TMAX (BC-SJ04J) 2005.05.02〜2008.12.27 走行距離 76,142km 詳しくはこちら |
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YAMAHA TMAX (BC-SJ02J) 2002.03.08〜2005.04.16 走行距離 44,186km 詳しくはこちら |
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YAMAHAは、5月11日に「YAMAHA FACTORY RACING TEAM」のライダーとして、MotoGP世界選手権に参戦するジャック・ミラー選手と、スーパーバイク世界選手権に参戦するアンドレア・ロカテッリ選手の起用を決定し、併せてゼッケンは、YAMAHAのエースナンバーである「21」になることが決まったと報道しました。 この3人で戦うさて、なぜ21がYAMAHAのエースナンバーかというと、1985年(昭和60年)の鈴鹿8耐で、YAMAHAは資生堂の男性用化粧品「TECH21」とコラボレーションし、ゼッケン「21」のFZR750で初参戦しました。 この時の圧倒的な人気とドラマが、後にヤマハのエースナンバーとして「21」が受け継がれる大きな起源となりました。 キングことケニー・ロバーツ選手と、当時の全日本王者・平忠彦選手のコンビで、優勝間違いなしとも言われましたが、レース終盤までトップを快走し、初出場・初優勝の偉業達成まで残り30分というところでマシントラブルにより無念のリタイアを喫しました。 1985 FZR750キング・ケニー、カッコイイ。 そしてそれから34年後の2019年には、YZF-R1誕生21周年に合わせ、エースナンバー「21」のオリジンとなった1985年の「ヤマハ TECH21 チーム」復刻カラー採用しました。 2019 YZF-R1中須賀克行選手、スーパーバイク世界選手権(SBK)に参戦するアレックス・ローズ選手とマイケル・ファン・デル・マーク選手という体制でした。 この年、アレックス・ローズ選手は1985年の鈴鹿8耐でケニー・ロバーツ選手が使用したイエローカラーヘルメットに似たデザインのヘルメットで走行していました。 さて、いろいろ見ていたら「中須賀ラストイヤー」とか言っているので、何の話だと思ったら、3月27日に、第53回東京モーターサイクルショー2026の「YAMAHA MOTORSPORTS MEDIA CONFERENCE 2026」で引退発表を行っていたのですね。 年度末から年度始めにかけて、恐ろしく忙しかったので、全然知りませんでしたよ。 中須賀選手が45歳までトップライダーでいられるのもすごいことですけど、8耐チャンピオンになり、JSB1000も王者となって有終の美を飾ってもらいたいものです。 2025年チャンピオンの姿ナカスガサーン!! 今年もBS12で10時間放送するようですよ。 観なきゃ!! |
| YAMAHAに、XSR900というバイクがあります。 伝統と革新を盛り込んだ、2016年からリリースされているモデルです。 現行モデルは、4ストローク水冷DOHC4バルブ直列3気筒888ccエンジンを搭載します。 XSR900今年の2月末に、1980年代のWGP(今はMotoGPですが)レーサーを彷彿させる、XSR900 GPが発売開始となりました。 これにシートカウルとアンダーカウルをアクセサリーで追加すれば、まんま、1980年代にWGP500を走った、YZR500と同じルックスになりますね。 カラーは2種類。 まずは、ライトレディッシュイエローソリッド1(イエロー)です。 これにシートカウルとアンダーカウルを装着、ついでにフェンダーレスにしてアクラポビッチのマフラーも装着するとこうなります。 いいねー当時のYZR500としては、2006年にYAMAHA歴史車両デモ走行見学会で撮った、YZR500(OW35K)がありました。(当時の様子はこちら) YZR500(OW35K)USインターカラーと呼ばれる色です。 イエローのベースに、ブラックのスピードブロックが配置されています。 当時のYAMAHAのワークスカラーは白と赤を基調としたものでした。 こんな感じこれは、YAMAHAコミュニケーションプラザで2015年に撮った、YZR500(OW23)、1975年にジャコモ・アゴスティーニ選手がチャンピオンになったマシンです。 USインターカラーは、1972年頃にヤマハのアメリカ法人が考案。アメリカを代表するレースのひとつ・デイトナ200マイルレース用のマシンに始まり、その後モトクロスのレーサーにも採用されたそうです。 1978年、YAMAHAワークスは、アメリカ出身の有望株だったケニー・ロバーツを擁し、最高峰のWGP500にインターカラーのYZR500で参戦開始。1980年まで破竹の三連覇を果たしました。 上のOW35Kは、排気タイミングを制御するYPVSを初めて搭載した、1978年にケニー・ロバーツ選手がチャンピオンとなったマシンです。 続いて、XSR900 GPのシルキーホワイト(ホワイト)です。 これにもシートカウルとアンダーカウルを装着、ついでにフェンダーレスにしてアクラポビッチのマフラーも装着するとこうなります。 おーマルボロカラー1980年代はレーススポンサーとしてタバコメーカーが活発でした。 JPS、ラッキーストライク、ロスマンズ、キャメル、ゴロワーズ、そしてマルボロ。 このカラーリングは、F1でもマクラーレン・ホンダで、アイルトン・セナ選手の強さが今も記憶に残ります。 当時のYZR500としては、2015年にYAMAHAコミュニケーションプラザで撮った、YZR500(OW98)がありました。。(当時の様子はこちら) YZR500(OW98)ケニー・ロバーツの弟子とも言える、エディ・ローソン選手が1988年このマシンでチャンピオンになりました。 モータースポーツにおいてタバコの広告が2000年代から禁止され、現在はほぼ消滅状態。バブリーな頃の良き思い出かもですね。 ちなみに、XSR900 GPのお値段は車体本体価格1,430,000円(税込)、シートカウルとアンダーカウル、フェンダーレスキットとアクラポのマフラーやスモークスクリーン装着で約200万円となります。(工賃、諸経費別) いいなぁ。 |
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